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旅・書評・仕事

【ブミプトラ】民族記入欄をなくす?マレー系と中華系

こんにちは。

久しぶりの更新です。

中東から帰って依頼なので、だいぶご無沙汰しておりました。

格別忙しかったわけではないのですが、課題と向き合っているうちに5月も10日になってしまった次第です。

 

今日はマレー人と華人の関係について考えてみたいと思います。

なぜ考えてみようかと思ったのかというと、今日のThe Sun (マレーシアの英字新聞)でこのような記事を見つけたからです。

PM: 'Race' column in govt forms to be retained | theSundaily

Race: A case of false hope? | theSundaily

 

記事の概要を説明すると、政府申請書類のプロフィール欄における民族記入欄,

「マレー系」「中華系」「インド系」などを書く欄があるらしいのですが

あるマレーシア政府の交換がその欄を「撤廃すると決めた」と口を滑らしたことが話題になっているようです。

そしてその後政府はその発言を撤回,「そのような決定をした事実はない」と撤回しています。

 

マレーシアではマレー系のムスリムたちが6割中華系が25%程度で残りがインド系やその他の民族たちです。

マレー系が多数はナノにもかかわらず、イギリス統治時代に移住してきた中華系たちが

経済の実権を握り、マレー系との所得格差が大きく広がり、民族同士の対立が強まったため、

この国ではブミプトラ政策という、いわゆるマレー人優遇政策がとられています。

 

たとえば大学の入学や、公務員の採用枠などにマレー人の採用、入学の枠が設けられていたりと、あらゆる面で優遇されています。

政府申請書類から民族記入欄を無くすということは、それらの優遇措置を卒業する大きな一歩として重要なのです。

とうぜんこの政府高官の言葉は、実力があるにも関わらず上に挙がれない中華系の間では歓喜で迎えられましたが、

マレー系の団体などでは反対もあるようです。

Malay supremacist organisation, Perkasa, has threatened legal action against the government if it does not stop the so-called policy of dropping the race column in some of its forms. Its president Datuk Ibrahim Ali has thrown down the gauntlet, saying that he will go to great lengths in this respect.

 

これはとりあえずは維持されるとのことですが、この発言や民族記入欄という問題が、

どれだけこの国でSensitiveなのかを思い知らされました。

 

実際マレーシアでは表立った対立はありませんが、マレー系の生活と中華系の生活は明らかに分断されています。

街で彼らが話したり交流したりしているのを見ることはまずありません。

 

マレー系はマレー系の小中高に通い、中華系は全員が中華系の学校に通います。

こうした状況ではいっこうに距離が縮まることはないでしょう。

宗教が違うというのも一つのネックにはなっているのですが、大学に入ってからまともに交流するようです。

ほぼ全員が日本人の日本では考えにくい状態ですね。

 

実際、優遇されているマレー人よりも、中華系の方が優秀で、大学の授業やグループワークでもリーダーシップを感じます。

さらに中華系はマレー語に加えて英語、さらに中国語(広東+北京)を扱うので、日本人と比べてもその点では優秀でしょう。

優遇されているということで、マレー人にも甘えやおごりが生じ、中華系の中にも頑張っても仕方ないと、

あきらめかけている人も少なくないようです。

 

民族を記入するかしないか

これは差別を生むか生まないかでもありますが、同時に民族としてのアイデンティティをいかに維持するか

という問題でもある気がします。

民族同士の交流などどうでもいいから我々のコミュニティを守りたいという人は、民族記入欄をキープしておきたいでしょう。

しかし、2020年に先進国入りを目指しているマレーシアにとって、このような機械不平等の状態を維持しておくのは

あまり望ましく状態ではないと思います。

 

全員に機会を与え、マレー人、中華系、インド系、その他の民族がひとつのマレーシアになれるような国を目指すべきではないでしょうか。

 

しかし、他人事のようにそうはいってみても、もし日本に移民政策がとられたときに、国家と民族をどう捉えるか

という問題は必ず我々にも降りかかってきます。

これらの問題を人事にせず、すでにある事例を見ながら学んでいくことが生きる知恵でもあると思います。

 

以上