人は感情でしか動かない。『戦争広告代理店』を読んで。
新年1冊目はこんな本を読んだ。
高木徹『ドキュメント 戦争広告代理店~情報操作とボスニア戦争~』講談社文庫
ドキュメント 戦争広告代理店〜情報操作とボスニア紛争 (講談社文庫)
- 作者: 高木徹
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2005/06/15
- メディア: 文庫
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概要
「戦争広告代理店」、思わず手にとってしまうかなり秀逸なタイトル。
サブタイトルに「~情報操作とボスニア紛争~」とあるように、1992年から1995年まで続いたボスニアでの内戦がメインテーマ。
ボスニア紛争では、多くのモスレム人がセルビア人によって迫害を受けていた。
そのボスニアでの悲劇をある2人の男が世界に広めるために奔走したことを記録したノンフィクション。
その2人の男とはボスニア・ヘルツェゴビナの外務大臣ハリス・シライジッチと、アメリカのPR会社、ルーダー・フィン社のジム・ハーフという男。
シライジッチは外務大臣として各国のキーパーソンと立ち会い、国際世論を味方につけるべく、世界を飛び回る。
ハーフは、PR会社として、ボスニア紛争を世界に広め、「ボスニア=善」「セルビア=悪」という印象をつけるためのPR戦略を練り、シライジッチにアドバイスする役割だ。
結果的にボスニア・ヘルツェゴビナはユーゴスラビア連邦からの独立を果たし、ユーゴスラビア連邦は国連から追放され、現在はセルビアやモンテネグロといった共和国の形でそれぞれ独立している。
シライジッチとハーフ、このコンビがどのように情報を動かすことで、ボスニア紛争を「国際問題化」し、ボスニアの国際政治的な勝利を導いたのか。
それらを詳細に綴った壮大なノンフィクションで、講談社ノンフィクション賞、新潮社ドキュメント賞をそれぞれ受賞している作品。
【参考】ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争 - Wikipedia
2つの視点で学べる
久々に、名作と読んでもいいくらいの本に出会うことができた。
というより自分が読んできたノンフィクションの中でも生涯記憶に残る作品だと思う。
この本では2つの視点で学ぶことができる作品だと思う。
1つは情報を与える側、つまりマーケティング的な視点で、
もう1つは情報を受け取る側の視点だ。
人を動かすにはどうすればいいのか?
1つ目のマーケティング的な視点とは、「人はどうすれば動くのか?」という視点だ。
ボスニア・ヘルツェゴビナの外務大臣であるシライジッチは、ボスニアの悲劇を世界に広め、世論を味方につけるべく世界中を奔走する。
そのPR戦略はPR会社のハーフが考えるのだが、そのしかけた戦略やシライジッチへのアドバイスが見事で
どのようなメッセージをいつ、だれに伝えれば、情報がうまく伝播するのか?
そのことを緻密に計算し、綿密な戦略をたててゆく。
それは例えば「スピーチの原稿」などメインとなる部分から「記者会見場の温度や快適さ」といった細かなところまで行き渡っている。
そして国際政治を牛耳るアメリカやヨーロッパの政治家や、それらに影響をあたえる世論を作るジャーナリストがどのような言葉で動くかを熟知している。
小国の外務大臣が世界中で「セルビア人が我々を迫害している」と声高に叫んだところで、誰も動いてくれない。
ハーフはそれらを「民族浄化(Ethnic Cleansing)」といったわかりやすいキーワードに言い換え、
それがバズワードとなって欧米諸国の政治家の感情は動かされてゆく。
人は理論よりも感情で動く。
その感情を動かすための要素、キーワードとは何なのかを見極めるのがハーフの役目で、
アメリカ人には「民主主義」「自由」「平等」といったアイデンティティに関わるワード、
西ヨーロッパ人には「強制収容所」「虐殺」といったナチスの悲劇を思い起こさせるようなキーワードを用いる。
このような感情に訴えかけるようなキャンペーン手法は国だけではなく通常のマーケティングなどでもよく行われる手法で、
「まずどのようなキーワードで誰を動かして、話題を生ませればいいのか」ということはマスを動かすには絶対に必要な視点だと思う。
そういう意味で、マーケティングという視点で大いに学ぶことができた。
情報の受け取り方
つぎにこの本から学べる視点としては情報を受け取る側の視点だ。
まず「情報操作」と聞いたら、おそらくいいイメージを持つ人は少ないはず。
自分自身も、「ボスニア紛争は嘘の情報によって善悪が決められたのだろう」という推測の元にこの本を手にとった。
しかし実際は、「事実をどのように伝えれば人を動かすことができるのか」ということを実践した話しであって、
決して不当に嘘の情報を流し、世論を操作したという話ではない。
ただ、ボスニア紛争での善と悪については、結果的にはボスニアが善という形で、
国際政治ではケリが付いたものの、モスレム人とセルビア人、双方に問題があったと言われている。
ただわかるのは、双方の間に圧倒的なPR力の差があったということだ。
著者の高木徹氏も
「紛争に介入するPR企業『情報の死の商人』ということもできるだろう」
と述べているように
PR企業には歴史を動かす力があり、彼らの手腕によってひとつの民族や国の運命が左右されてしまう。
ただそのこと自体の是非は問えず、戦争において情報を規制してしまうとどうなるか、ということについては歴史をみればわかる。
したがって、正義を争う戦争においてPR合戦は避けられず、
私達はあらゆる情報に、それがある程度加工されたり、キャンペーンであったりすることもあると知った上で接さなければならないし、
感情だけで突き動かせれないように、理性をもって情報を受け取らなければいけない。